秘書の対訳にsecretary(セクレタリー)は不適切?
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「秘書」の対訳としてsecretary(セクレタリー)という単語が知られていますが 、アメリカで秘書、つまり組織幹部のサポート役をsecretaryと呼ぶことはあまりなく、assistantという肩書きが一般的です。
executive assistant
(役員秘書)
CEO、社長、常務といった役員の秘書には、上記のようにexecutive assistantという肩書きが定着しており、EAとも呼ばれます。EAとして経験を積んだ人はsenior executive assistant (上級役員秘書)というタイトルを使う場合もあります。
executive assistant to CEO
(CEO付き役員秘書)
サポートする対象を特定する場合は、上記のようにtoを使い、「~付きの」と表現します。
今は「長官」の意味が強いsecretary
一方、アメリカでsecretary というと、以下のように政府の「行政長官」といった意味が強く、サポート職を表す単語として使われることは少なくなっています。
United States Secretary of State
(アメリカ国務長官)
California Secretary of State
(カリフォルニア州務長官)
United States Secretary of Defense
(アメリカ国防長官)
なお、deputy secretaryで以下のように「副長官」となります。
United States Deputy Secretary of Treasury
(アメリカ財務副長官)
他にもsecretaryは情報通信や書類保管を管理する職種として、White House Press Secretary (ホワイトハウス報道官)や、board secretary(取締役会の書記)といった使われ方をします。
秘書がsecretaryからassistantに変わった背景
日本で「秘書」は、役員秘書、政治家の秘書、教授秘書のように、組織の幹部をサポートする仕事、という意味合いで使われることがほとんどです。大学を卒業して秘書室勤務、ということも普通にあり、秘書室勤務なんておしゃれで格好いい!というイメージを持たれることもあります。しかし、アメリカでは、administrative assistant(事務補佐)のような職種で一般事務の経験を積んだ後に、役員秘書になる人がほとんどです。
昔はアメリカでもサポート職にsecretaryという言葉が普通に使われていましたが、時代と共に認識、呼ばれ方が変わり、それはアメリカの歴史と深く関わっているようです。
19世紀の末にタイプライターや初期のレコーダーなどの機械が発明されると、アメリカではtypist (タイピスト)やstenographer (速記者)などのclerical workers (事務職)の需要が高まりました。1940年代までに多くの女性が様々なclerical workerとして働くようになりますが、25歳以下と若く、独身の白人女性がほとんどだったということで、サポート職が若い女性の仕事というステレオタイプ的イメージはその頃に作られたようです(*1)。
1942年にはInternational Association of Administrative Professionals (IAAP) の前身、The National Secretaries Association (NSA)が発足します。1960年後半から70年代初めにかけて男女平等運動が起こり、1980年代ころからは教育レベルの高いベビーブーム世代の女性の台頭とともに、女性が男性と同等に働くことがさらに求められるようになってきました(*1)。1998年にNSAもIAAPと名前を変え、セクレタリーという単語が団体名からはずされました(*2)。IAAPは、administrative professionals(事務専門職者)という単語でもわかるように、セクレタリーという仕事の固定観念を取り除き、事務仕事の大切さやプロフェッショナルとしての認知度を上げることに貢献しているようです。
*1: Women’s Work: The Feminization and Shifting Meanings of Clerical Work: Kim England, Kate Boyer; Journal of Social History, Volume 43, Number 2, Winter 2009, pp. 307-340
*2: International Association of Administrative Professionals (IAAP)